不妊(重度の冷え症を伴う)

例年、暑気も落ちついた晩秋頃より、冷え症の治療相談が急増する。

冷え症の方の多くは女性であるが、軽度な冷え症の相談は稀である。
様々な治療を試みられたが、改善されなかった方たちである。
その方々の冷え症は複雑である・・・専門書程度の知識では歯が立たない。
加えて、既婚女性には「冷え症と不妊治療を兼ねた御依頼」も多い。

そこで今回は、重度の冷え症を伴った不妊症の改善例を報告する。

5年前、可愛い女児を授かった30歳代の御婦人である。
第一子出産後、妊娠の機会に恵まれなかった。
彼女の漢方治療の主目的は冷え症の改善であった。

幼小時代から重度の冷え症で、冬には必ず上肢・下肢にしもやけが生ずる。
治療をしても一向に治らず、諦めてしまった経緯がある。

とかく最近は、着膨れするほど服を着ても、「背中が凍えるほど寒い」とお困りだった。

一見した彼女の容姿や舌証から、「当帰芍薬散(とうきしゃくやくさん)証」は見当が付いていた。
が、より詳細な確認のため、問診の後に糸練功(しれんこう)の技法を用いて漢方的解析を行った。
(糸練功の詳細は、著者の論文「糸練功に関する学会報告」を参照されたい)

愁訴部(上肢・下肢末端)、女性ホルモン反応穴(帯脈穴)からの解析結果は、予想通り「当帰芍薬散証」が極めて低い合数に確認された。
また、血滞(けったい)の兆候である「甲字湯加黄ゴン紅花(こうじとうかおうごんこうか)証」も分析された。

早速、
A)当帰芍薬散
B)トウサンカ製剤(甲字湯加黄ゴン紅花の代用として)
の、2処方にて漢方治療を開始。

0ヶ月後
全身・背中の寒気(激しい)、上肢・下肢の冷え(激しい)

1ヶ月後
全身・背中の寒気(軽度)、上肢・下肢の冷え(軽度)

3ヶ月後
全身・背中の寒気(消失)、上肢・下肢の冷え(消失)

漢方治療の開始より、3ヶ月後には、冷え症は自覚しないまでに改善。
御婦人は、体調の改善を実感された。
そして「二人目のお子さんが欲しい」と二人目不妊の治療を依頼。

しかし・・・である。
基礎体温表を拝見すると、多忙のため体温測定を忘れがちである。
そして、基礎体温は理想的な二相性には程遠かった。
高温期は不安定かつ持続性に乏しく、月経開始に伴う体温下降も鈍い。
同様に、低温期も不安定だった。 (図1)

妊娠までの道のりは、容易ではない。


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(図1)


不妊治療のプロセスは、冷え症のそれよりも複雑である。

1)不妊症の反応穴
2)卵管の反応(卵管閉塞等)
3)二人目不妊には、高プロラクチン血症の反応
4)最終チェックとして、「血海」の反応

上記のすべてを、糸練功で確認、適合処方を解析する必要がある。

御婦人の各反応の解析結果を以下に記す。

○不妊症の反応穴より
●甲字湯(こうじとう)証:(C証)
●当帰散(とうきさん)証:(D証)
●人参当芍散(にんじんとうしゃくさん)証:(E証)
●甲字湯加ヨクイニン(こうじとうかよくいにん)証:(F証)

○卵管の反応より
●六君子湯(りっくんしとう)証:(G証)

○高プロラクチン血症の反応より
●芍薬甘草湯合甲字湯(しゃくやくかんぞうとうごうこうじとう)証:(H証)

以上の6証が、御婦人の妊娠に必要な漢方処方群である。
「○○証」と表現しているのは、○○という漢方藥に適応する病態である。

本来なら、これらの6処方を同時進行で服用するが、余りにも処方数が多い。
したがって、各々の適応の重症度を、糸練功による合数と年齢を鑑みながら優先順位を決定する。

卵管狭窄に関連する「六君子湯証・・・(G証)」と、高プロラクチン血症の適応に多い「芍薬甘草湯合甲字湯証・・・(H証)」は必要であるが、重症度は低い(1.0~1.5合)。

総合的に、重度の適応群を判断すると・・・
甲字湯証>当帰散証>人参当芍散証>甲字湯加ヨクイニン証
といった優先順位となる。

故に、治療プロセスを、2段階に分けて以下のように治療計画をたてた。

○1段階目(3薬方で進める処方群)
甲字湯
当帰散
人参当芍散

優先順位の3番目の人参当芍散証が 3.0合に達したら、2段階目へ移行。

○2段階目(3薬方で進める処方群)
甲字湯
当帰散
甲字湯加ヨクイニン(代用:トウサンカ製剤+ヨクイニン)

そして、妊娠が確認された時点で、駆瘀血剤(甲字湯、トウサンカ製剤+ヨクイニン)を休薬し、安胎薬へ変更する。

そして、11ヵ月後
婦人科にて「妊娠2ヶ月目」と伝えられる。

現在、当帰散のみを継続中。


糸練功の指標(合数)
合数の数値は、-1.0~10.0 の範囲で表わされ、
病態の要因である“異常ポイント”を意味します。
※症状が重いほど合数は低く改善と共に上昇します


考察

不妊にお悩みの方には、冷え症を伴うことが多い。
また、通常では冷え症の改善と共に、妊娠に至る事象によく遭遇する。

しかし、本症例は例外である。
冷え症は改善したものの、基礎体温の安定度が深刻なのである。

加えて、治療に要する処方数も非常に多い。
当初の冷え症の治療に要した漢方処方は、「当帰芍薬散」及び、「甲字湯加黄ゴン紅花」の2処方。

一方、彼女の不妊反応を解析した必要な薬方群は、甲字湯、当帰散、人参当芍散、甲字湯加ヨクイニンなどなど・・・6処方である。

漢方治療の原則として、これらの処方は、混合して服用できない。

例えるなら、当帰散は、「当帰:2、黄ゴン:2、芍薬:2、川キュウ:2、白朮:1」の構成比で成立する薬方である。
この比率のまま、消化管より吸収させて当帰散の効力を発揮するのである。
故に、他の薬方と同服させれば、その構成比は乱れ、当帰散本来の効力は減弱する。

漢方薬が「空腹時服用」となっているのも、上記の理由からである。

物理的に不可能な服用計画を実行するよりも、「段階的に着実に異常を治す」という観点から、あえて治療行程を2段階に設定した。

さて、甲字湯系の薬方は、瘀血(血滞)を解消させる意味合いがある。
ことに、甲字湯加ヨクイニンの適応が認められた場合、その多くが子宮筋腫を指摘されている。
(御婦人は数年前、病院にて子宮筋腫を発見された。が「妊娠には支障はない」と言われた経緯あり)

中でも興味深いことは、治療過程の2段階目へ移行し、甲字湯加ヨクイニン(代用処方:トウサンカ製剤+ヨクイニン)の服用開始から、間もなくして妊娠されている。

このことは、当初、妊娠には支障なしとされた子宮筋腫は、数年の経過で妊娠に支障があるほどの大きさ(或いは個数)に達していた可能性が窺われる。

妊娠が確認された後、漢方薬を安胎薬に切り替えた。
経過は順調である。


必要となった漢方薬の料金

漢方薬漢方薬の種類料金(30日分)
甲字湯散薬9,000円
(税別)
当帰散散薬10,000円
(税別)
人参当芍散散薬10,000円
(税別)
トウサンカ製剤+ヨクイニン錠剤+散薬8,400円
(税別)

※ 適合する漢方処方は、個々の患者様により異なります


不妊治療の年齢について

不妊治療のご依頼に際して、年齢上の限界があります。
卵子の質・量的な観点から、45歳を過ぎると治療効果は著しく下がります。

そのため、不妊治療のご依頼は、45歳 を上限とさせていただきます。