後縦靭帯骨化症ossification of posterior longitudinal ligament(以下、OPLLと省略)は、後縦靭帯が変性(骨化)する疾患で、厚生労働省が特定疾患に指定している難病である。
その一方、2002年11月 国際中医薬論壇にて「後縦靱帯骨化症(OPLL)に対する漢方治療の効果」(木下順一朗先生 : 福岡県 太陽堂漢薬局)が報告されて以来、難解ともいえるOPLLへの漢方的アプローチは進化している。
また、OPLLは椎間板ヘルニアの併発を伴うこともあり、その場合、両者を視野に入れて漢方治療を行うこととなる。
本報告は、OPLLと頸椎椎間板ヘルニアの併発例における治療の経緯である。
症例
50歳代後半 女性
御婦人は、頸椎後縦靭帯骨化症と診断されていた。
病院による所見では、後縦靭帯の骨化は、頸椎(4-5番)に及んでいる。
また、頸椎(4-7番)の変形も認められ、その変形は頸椎椎間板ヘルニアによるものだという。
当初の症状は、両手指の痺れ(しびれ)と、右手の甲の痛み(朝方)。
また、腰痛と、足底(両下肢)の痺れも伴っていた。
問診の後、糸練功(しれんこう)を応用し、頸椎および愁訴部を確認、適合処方を解析した。
(糸練功の技術的な要項は、「糸練功に関する学会報告」を参照されたい)
解析結果は、以下のとおりである。
○ 頸椎:OPLLの反応より
(A証) 木下報告によるOPLLの処方【本治】
(B証) 越婢湯加減方【標治】
○ 頸椎:椎間板ヘルニアの反応より
(C証) 防已黄耆湯加減方【陽証・標治】
(D証) 防已黄耆湯加減方【陰証・本治】
なお、椎間板ヘルニアの愁訴部から解析された(C証)、(D証)は、骨粗鬆症の際によく現れる病態である。
また、腰痛の愁訴部と、足底の反応とも合数は一致していた。
このことは、骨粗鬆症と、OPLLによる骨変性が交錯して知覚神経症状を増幅しているものと考えられる。
本来なら、上記の4証による服薬の同時進行が望ましいが、OPLLの進行抑制を最優先として、(A証)と(B証)の2処方にて治療を開始した。
経過
患者さんの知覚神経症状は、順調に改善していた。
治療開始から、5ヵ月後
OPLL特有の治療ポイント(標治と本治)の合数も上昇している。
この時点で、骨粗鬆症の病態である(C証)、(D証)の服用を開始。
ただし、OPLLの本治処方(A証)は、休薬せずに継続。
・・・7ヵ月後
両手指の痺れ(しびれ)は消失。
右手(甲)の痛みも消失。
足の裏の痺れも消失していた。
このまま、落ち着いてくれるだろう。
・・・13ヵ月後
感冒に罹患し、それを機に頸部痛・肩背痛・上腕の圧迫感を訴える。
桂枝二麻黄一湯により、症状は寛解する。
しかし、同様な症状を何度も繰り返す・・・不可解である。
・・・15ヶ月後
OPLL、骨粗鬆症による椎間板ヘルニアの合数(病態)は、順調に改善している。
しかし、感冒様症状(軽微な頭痛・上腕の圧迫感)は、度々出現していた。
ウイルス反応(風毒塊)を、注意深く確認すると・・・以下の適合処方が解析された。
“麻黄加朮湯”
患者さんへ既往歴をより詳細に訊ねた。
すると、「過去に『関節リウマチの反応がある』と、病院から指摘を受けた」という。
そして今でも、軽度ではあるが“朝方の手のこわばり”が現れるらしい。
頻繁に現れる感冒様症状・・・その本体は、関節リウマチであることを確信した。
早速、麻黄加朮湯の服用を開始。
・・・16ヵ月後
上肢・下肢の知覚症状は消失。
頸部痛・肩背痛も消失。
感冒様症状(軽微な頭痛・上腕の圧迫感)も消失。
・・・現在
漢方治療を継続中である。
考察
我々は、糸練功という技術を応用し漢方的な病態解析を行い、適合処方を識別している。
「目前の患者さんに適合する処方は何か?」
それを相談の段階で検証している。
その解は、処方が適合する病態の意である「○○○証(処方名+証)」と表現される。
誘導された処方名・・・それから患者さんの病名を、逆説的に推測できることもある。
本報告は、椎間板ヘルニアを併発したOPLLの改善例である。
OPLLは単独で発症する場合もあるが、椎間板ヘルニア、脊椎管狭窄症を併発することも少なくない。
であるから、初期段階の情報から、患者さんの椎間板ヘルニアは骨粗鬆症を背景とする病態であることは容易に理解できた。
その一方で頻発する感冒様症状・・・それは非常に不可解だった。
しかし、その本体が、“”麻黄加朮湯の適応”であることを解明し、患者さんも忘れかけていた関節リウマチの既往歴との関連性も伺えた。
それは、糸練功を知っていたお陰である。
糸練功の理論を構築され、御教授賜りました木下順一朗先生に、衷心より感謝申し上げます。