耳閉感における糸練功の病態分析 (中国語翻訳PDF)

耳閉感の症例

佐久間 一朗
伝統漢方研究会
千葉県君津市
日本

【緒言】
我々は、処方決定の際には糸練功という技術を活用している。
慢性疾患の多くの病態は複雑であり、個別の患者に決定的な処方を見出すことは容易ではない。
ところが、糸練功を応用することで、難解な証の識別が可能になるのである。
そこで今回、難治性の耳閉感の症例を挙げて糸練功の有用性を述べる。

【症例】
耳閉感の発症:2005年に耳の閉塞を感じ、次第に憎悪する。
耳閉感は日により左右を変移する。
自声強聴のため発声に混乱をきたし、歌唱表現が困難となる。
年齢:26歳、身長:168cm、体重:59Kg、生物学的性別:男性
既往症:性同一性障害(Gender Identity Disorder)により性別適合手術 MtF(Male-to-Female)

【糸練功】
糸練功は、「入江Finger Test」を元に、木下順一朗先生が開発した筋力Testの一種である。
糸練功では、利き手の十宣穴をSensorとし、反対の手をTesterとする。(写真1・2)

image003image004

Sensorを被験者の患部(反応穴)に当て、Testerとする親指の示指側の側面と、示指の中指側の側面の摩擦抵抗を傾注する。(写真3)
image006異常な信号を捕らえると、Testerの筋力が 低下し摩擦抵抗が大きくなる。(Stick)
正常な場合は、摩擦抵抗は少なく滑らかである。 (Smooth)

【糸練功による証の解析】

1.病態の合数を特定する。
合数は、Testerの高さで判断し、その範囲は「-1.0合~10.0合」とする。
一般的に3.0合より低い合数で患者は症状を自覚しやすく、-1.0合に近いほど症状は激しい。
被験者の反応穴にSensorを当て、 TesterがStickとなる位置(高さ)を探索する。 (写真4)

image011Stickとなる位置が、治療を要する合数である。
合数が特定された後は、Testerの位置を固定して 解析を継続する。
写真4は、-0.1合のTesterの位置である。

2.六部の決定

被験者の労宮を開いた状態で、左右のStickの強い手掌を特定する。(写真5)
image013写真5は、右手掌にStickが強い状態。
さらに、上焦・中焦・下焦のStickの強い箇所を特定する。(写真6)

image015右手の上焦は、肺・大腸
中焦は、脾・胃
下焦は、心包・三焦 に配当される。

写真6は、右手・上焦にStickが強い状態。

Sensorを Line用指として、右手の横紋線~内関(心包経)を対称軸とした経絡Lineと臓腑LineのStickを比較する。(写真7)

image017Stickが経絡Lineに強ければ経絡病であり、臓腑Lineに強ければ臓腑病である。

一般的に急性病の多くは経絡病、慢性疾患の多くは臓腑病である。

第一指と第二指を合わせたSensorを用い、肺経上の経絡Lineと臓腑LineのStickを比較する。 (写真8)

image019肺経の経絡Line上は大腸、臓腑Line上は肺に配当される。
写真8は経絡LineにStickが強い。
従って、治療臓腑は「大腸」となる。

右手掌の上焦部に、第二指・第三指の十宣穴を近づけ、Stickを確認する。(写真9)

image021第2指でStickとなれば、「陰証であり補剤」が適応する。
第3指でStickとなれば、「陽証であり瀉剤」が適応する。
写真9は、第3指でStick を示している。
よって、「陽証であり瀉剤」が適応するケースである。

3.処方決定

被験者の反応穴における-0.1合の解析結果は、「-0.1合 臓腑病 大腸 陽証」であり、瀉剤が適応するケースである。

以下に耳閉感に応用される主な「大腸の瀉剤」を記す。
各薬方の臓腑配当と補瀉の分類は、木下順一朗先生により分析された。

● 柴胡剤合香蘇散(香蘇散合柴胡剤)
● 甲字湯(桂枝茯苓丸)
● 桂枝加黄耆湯
● 十味敗毒湯

生体は、適合処方に触れると一時的に正常化する性質があり、その際の糸練功の反応はSmoothである。
「大腸の瀉剤標本」を、順番に被験者の左手掌(女性は右手掌)に載せ、Stickの変化に傾注する。
「柴胡桂枝乾姜湯」合「香蘇散」の適用で、右手掌の反応はSmoothに変化した。(写真10)

image023この時は同様に反応穴もSmoothとなっていた。
これは、被験者の耳閉感は、「柴胡桂枝乾姜湯合香蘇散証」が一因であり、「柴胡桂枝乾姜湯合香蘇散」が適合処方であることを示している。

慢性疾患の多くは複数の証が存在する。
そのため、被験者の反応穴を上記の手順で繰り返し、他の異常な合数を探索・解析した。
被験者から誘導された証の解析結果は以下のとおりである。

2011年6月(治療前)
-0.1合 臓腑病 大腸 陽証 柴胡桂枝乾姜湯合香蘇散証
0.2合 臓腑病 肺  陽証 甘麦大棗湯証
0.5合 臓腑病 腎  陰証 苓桂朮甘湯合四物湯証

耳閉感(++)、自声強聴は甚だしく、歌唱表現は不可能である。

【経過】
2011年7月(1.5ヵ月後)
2.6合 臓腑病 大腸 陽証 柴胡桂枝乾姜湯合香蘇散証
1.0合 臓腑病 肺  陽証 甘麦大棗湯証
4.4合 臓腑病 腎  陰証 苓桂朮甘湯合四物湯証

耳閉感は好転し、耳閉感(±)、自声強聴も減じて歌唱表現は可能となる。 当初の異常な合数は、ともに上昇(改善)している。

2011年11月(5ヵ月後)
7.2合 臓腑病 大腸 陽証 柴胡桂枝乾姜湯合香蘇散証
5.2合 臓腑病 肺  陽証 甘麦大棗湯証
8.6合 臓腑病 腎  陰証 苓桂朮甘湯合四物湯証

耳閉感(-)、自声強聴(-)。その後、転居により自ら治療を止める。

【結語】
糸練功を活用した病態解析と適合処方の誘導は、有効な治療法を決定する過程で非常に有用である。
なぜなら、治療法が同一でない個々の患者への適合処方を、投薬前に察知できるからである。
糸練功への関心が広まり、多くの医療従事者が活用することを祈念してやまない。


糸練功は診断行為ではありません

糸練功は、東洋医学の証(体質・治療法)を決める技術です。

医師が行う診断ではありません。

ですから、糸練功による西洋医学的診断はできません。
また、糸練功によって気功治療をすることでもありません。
(我々は、気功師ではありません)

症状の激しい時や、症状に変化が生じた場合は、必ず医師を受診してください。