不妊症(子宮筋腫・月経痛を伴う)
御婦人(20歳代後半)の漢方治療の主目的は、月経痛の改善である。
10歳代からの月経痛(下腹部痛)にお悩みで、その解決方法として漢方治療の選択肢を選ばれた。
婦人科の検査によると、大きさ 3cm弱 の子宮筋腫が1個あると指摘されたが、「緊急性はない」と言われ、経過観察中とのこと。
御婦人は、やっとの思いで授かったお子さんを流産された御経験がある。
「子供は欲しいけど、また流産したら・・・」
葛藤と心労の中で、「円滑な妊娠・出産ができるように」切に望まれていた。
月経周期は、28日。
月経前に、下腹部がはり、イライラ感が増強する傾向がある。
事故などによる頚部損傷のご記憶はない。
が、強い肩こりと頚部のこり(首コリ)も訴えておられた。
睡眠状態は、寝つきが悪く、不眠傾向にある。
基礎体温表を拝見すると、低温期の不安定さが目立つ。(図1)
漢方的な解釈では、オ血(オケツ)の関与が濃厚である。
高温期も安定せず、排卵に伴う体温上昇・月経開始の体温下降も緩やかすぎる。
とても穏やかな方であるが、体温の波形からストレスに起因するであろう精神的疲労も窺えた。
(図1)
不調を訴える方の体表には、異常な反応が現われている。
その部位を、我々は「反応穴(はんのうけつ)」と称している。
円滑な妊娠を促すためには、「肩の天髎(てんりょう)穴」。
月経痛には「月経痛の反応穴」。
そして、女性ホルモン・自律神経の働きに深い関わりのある「第五頚椎周辺」の反応を確認する。
それらの反応を確認し、異常があれば正常化させる漢方処方(適合処方)を解析していくのである。
その解析方法は、木下順一朗先生(福岡県・太陽堂漢薬局)が考案された糸練功(しれんこう)という技法を応用する。
特異な選定方法であるが、複雑な病態への漢方的解析に、重要な役割をもつ。
(糸練功の詳細は、著者の論文「糸練功に関する学会報告」を参照されたい)
各反応の解析結果は以下のとおりである。
○月経痛の反応穴より
●甲字湯加ヨクイニン(こうじとうかよくいにん)証:(A証)
○不妊症の反応穴(肩の天髎)より
●甲字湯加ヨクイニン(こうじとうかよくいにん)証:(A証)
●温経湯(うんけいとう)証:(B証)
○卵管の反応より
●六君子湯(りっくんしとう)証:(C証)
○高プロラクチン血症の反応より
●芍薬甘草湯合甲字湯(しゃくやくかんぞうとうごうこうじとう)証:(D証)
○第五頚椎の反応より
●葛根加朮附湯(かっこんかじゅつぶとう)証:(K1証)
以上の証が、御婦人の妊娠に必要な処方群である。
「○○証」と表現しているのは、○○という漢方藥に適応する病態である。
通常では、上記の5処方が不可欠であるが、処方数が多すぎる。
故に、比較的重度ではない「卵管のC証(六君子湯証)」と、「高プロラクチン血症が関与すると思われるD証(芍薬甘草湯合甲字湯証)」を除く治療計画をたてた。
注視すべきは、月経痛の反応穴と、不妊症の反応穴にて確認された「甲字湯加ヨクイニン証」(A証)である。
両反応穴にて、極めて低い合数(-0.4合)で一致している。
甲字湯加ヨクイニン証は、子宮筋腫が存在する方の多くに適応を示す。
適合性から推測すれば、病院で指摘された子宮筋腫と月経痛、流産は、相関性があるように察せられた。
同様に、もう一つの「温経湯証」(B証)の合数も極めて低い(-0.5合)。
第五頚椎の「葛根加朮附湯証」(K1証)の必要性も大である(-0.3合)。
よって、当日より
○トウサンカ製剤+ヨクイニン末(甲字湯加ヨクイニンの代用として)
○温経湯エキス
○葛根加朮附湯エキス
の、3処方にて漢方治療を開始。
0ヶ月後
月経痛(激しい)、頚部の痛み(激しい)、睡眠(寝つきが悪い)
1ヶ月後
月経痛(軽度)、頚部の痛み(消失)、睡眠(寝つきは良い)
3ヶ月後
月経痛(ほぼ消失)、頚部の痛み(消失)、睡眠(良好)
4ヶ月後
月経痛(月経なし)、頚部の痛み(消失)、睡眠(良好)
その後、婦人科にて「妊娠 8週目」と診断される。
糸練功の指標(合数)
合数の数値は、-1.0~10.0 の範囲で表わされ、
病態の要因である“異常ポイント”を意味します。
※症状が重いほど合数は低く改善と共に上昇します
考察
子宮筋腫と月経痛、不妊症、流産の相関性は絶対的ではない。
子宮筋腫が存在していても妊娠するケースも多い。
また、子宮筋腫があっても必ず流産するものでもない。
重要なことは、個々のケースへ適切に応じることである。
子宮筋腫を漢方的に解釈すると、その本体は瘀血(血滞)である。
瘀血は、非生理学的血液であり、体外へ排出されるべき異物である(湯本求真先生)。
その瘀血は女性のみならず、男性に対しても病因となりうる。
特に女性においては、不妊症・子宮筋腫・更年期障害等の婦人病における大きな誘因となる。
それらの疾患において、牡丹皮・桃仁・当帰などを含有する駆瘀血剤の適応が多いことは、漢方薬の知識があるものは誰でも知っている。
駆瘀血剤である「甲字湯系」の薬方で、子宮筋腫が消失したとなれば、まさに「甲字湯系に適応する病態」を的確にとらえていたことになる。
本症例の場合、月経痛の反応穴・不妊症の反応穴を、糸練功によって解析した。
そして双方で「甲字湯加ヨクイニン」の強い適応を確認した。
このことは、筋層内に生じた筋腫が月経痛を誘発し、受精卵の着床を妨げていた背景を連想させる。
もう一つの「温経湯」に対する強力な適応も、「陰性の瘀血」に起因する病態で、「合数が『-0.5合』と極めて低い」ことから、治療の選択肢からの除外は考えられなかった。
以上が、本症例における瘀血の病態への対応である。
一方、第五頚椎の異常に関する「葛根加朮附湯」の必要性を疑問に思われるかも知れない。
しかしながら、第五頚椎の正常化は極めて重要である。
同部位の異常は、自律神経症状をはじめ、ホルモンバランスにも深い因果関係がある。
過去にも、「匙を投げだしたくなるほどの重度の月経不順」が、第五頚椎の適合処方によって正常化し、結果的に妊娠に至る症例を著者は何度も経験している。
よって、当薬局にて第五頚椎周辺の異常が確認されれば、その重症度に応じて同部位の適合処方は必須となる。
なお、本症例において治療開始から1ヵ月後には、月経痛・頚部症状・睡眠状態のいずれも円滑に改善している。
が、治療途中の4ヶ月後に妊娠を迎えたため、漢方医学の原則に準じて駆瘀血薬は休薬している。
必要となった漢方薬の料金
漢方薬 | 漢方薬の種類 | 料金(30日分) |
トウサンカ製剤+ヨクイニン | 錠剤+散薬 | 8,000円 (税別) |
温経湯 | 散薬 | 12,000円 (税別) |
葛根加朮附湯 | 散薬 | 10,000円 (税別) |
※ 適合する漢方処方は、個々の患者様により異なります
不妊治療の年齢について
不妊治療のご依頼に際して、年齢上の限界があります。
卵子の質・量的な観点から、45歳を過ぎると治療効果は著しく下がります。
そのため、不妊治療のご依頼は、45歳 を上限とさせていただきます。