頚性眩暈と頚椎症(項背痛・眩暈・立ちくらみ)

眩暈(めまい)の中でも一般的に周知されているのは、末梢性(内耳性)の「メニエル症候群」であろう。

起立困難な回転性の眩暈・難聴・耳鳴り・耳閉感などの症状は、「生命に危険がおよぶことはない」と言われてはいる。
しかし、患者さんご自身にとっては深刻な問題である。

本掲載は、頚性眩暈における漢方薬の改善症例である。

一般的に「眩暈に用いる漢方処方」として、「澤瀉湯たくしゃとう」、「苓桂朮甘湯りょうけいじゅつかんとう」、「呉茱萸湯ごしゅゆとう」等の適用例は多い。

しかしながら、それらの単独処方では改善に至らない症例は少なくない。
その理由の一つとして、「経年による証の複雑化」が考えられる。
所謂、複数の漢方処方を兼用して治療するケースである。

例えば、起立性低血圧(立ちくらみ)の発症当初の多くは、苓桂朮甘湯系の適応を呈している。
この段階では、苓桂朮甘湯系(苓桂朮甘湯や連珠飲)の単独処方で治療可能である。
しかし、適切な処置をせずに年月を重ねると、さらに異なった症状が出現する。

もし、胃腸虚弱で冷え症の傾向の方が、吐き気を伴う頭痛を呈すれば、「呉茱萸湯証」若しくは「桂枝人参湯証」を併発しているやも知れない。
そうなれば、「苓桂朮甘湯、呉茱萸湯(or 桂枝人参湯)の複数処方」をもって対応しなければならない。

一方、上述の「経年による証の複雑化」の他に、著者が頻繁に遭遇する眩暈がある。
それは、頚椎異常から起因する「頚性眩暈」である。
頚性眩暈は、「椎骨動脈の圧迫による小脳,内耳の循環障害が原因」とされている。
また、頚椎症等の頚椎異常は、眩暈のみならず精神活動へも影響を及ぼすことが多い。

よって本報告は、著者が過去に遭遇した「頚椎症を伴う眩暈の改善例」をあげて考察を述べる。

平成24年、「眩暈」を主訴とする女性(30歳代前半)が訪れた。

その発症は、10歳代後半、激しい回転性の眩暈・耳鳴りから始まり、仰臥位で閉眼すると眩暈は悪化。
その後、回転性の眩暈はフワフワするような眩暈へ変化したという。

発症当初、病院でアタラックスP 25mg x 4、エホチール 5mg x3 が処方。
(後に、うつ病と診断され、三環系抗うつ薬(アナフラニール)へ処方変更。)

患者さんは、色白の美しい女性だが、強い疲労感のため、非常に暗い表情が印象的である。
彼女は慢性的な頚部(首筋から肩甲骨間)の痛み・コリを自覚されいた。
その経緯を問うと「過去に病院で頚椎症を指摘された」そうだが、特に治療は施されていなかった。

さて、頚椎を正常化させる漢方治療が、眩暈等の多様な症状の改善に連動した症例が、木下文華先生(福岡県・太陽堂漢薬局)による論文「バレー・リュー症候群」に記された。
(伝統漢方研究会会員論文集 Vol.6 「2012」)

以降、著者も漢方薬を適用した頚椎治療によって、難治性の眩暈が消失した症例を幾度も経験している。
これまで眩暈の漢方治療には、眩暈の反応穴を、糸練功(しれんこう)にて解析し、誘導された適合処方を適用するだけでも治癒率は高かった。

だが、難治性眩暈の患者さんの半数近くが、「頚部症状」を訴えていた。
故に、眩暈治療には眩暈の反応穴のみならず、「頚椎異常の確認も必須である」という見解に現在は至っている。

多くの方は知らないが、漢方治療は病名だけでは、治療方針を決定できない。
重要なことは、患者さんの病態に、漢方薬を適合させることである。

漢方医学は、「体表解剖学」である。
患者さんの体表部には、症状の反応が現われている。

眩暈や頚椎異常は、患者さんのどこ(臓腑・経絡)が原因なのか?
その原因は、いくつあるのか? 一つなのか? 複数なのか?
その症状を正常化させる漢方薬(適合処方)は何か?

それらを、正確に把握することに漢方治療の意義がある。

その解析方法として、著者は「糸練功(しれんこう)」という技術を活用している。
「糸練功とは、患部の情報を解析し、適合処方を明確にする技術」と解釈していただきたい。
(糸練功の詳細は、著者の論文「糸練功に関する学会報告」を参照されたい)

患者さんの頚椎(第5頚椎)、眩暈の反応穴の解析結果を以下に記す。

1)第5頸椎の反応より

  • 葛根湯合R青皮製剤加附子(かっこんとうごうRせいひせいざいかぶし)証(A証)
  • 桂枝越婢各半湯加蒼朮(けいしえっぴかくはんとうかそうじゅつ)証(B証)

2)眩暈の反応穴より

  • 半夏厚朴湯(はんげこうぼくとう)証(C証)

以上の3証が、患者さんの頚椎異常と眩暈に起因していると理解されたい。
「○○証」と表現しているのは、○○という漢方薬が適合する病態(治療ポイント)である。
つまり、この方の頚椎症と眩暈は、(A)(B)(C)の3処方によって治せることを意味する。

また、眩暈の反応穴に、半夏白朮天麻湯証(D証)と、当帰芍薬散証(E証)も存在していたが、A証とB証の適用により異常が消失することを糸練功にて確認済みである。
従って、D証及びE証は、頚椎症による 2次的な症状と判断し、投薬を省略する。

・・・0ヵ月後
眩暈:強い、項背痛:強い

・・・1ヵ月後
眩暈:軽度(疲労時に軽い眩暈)、項背痛:軽度

・・・4ヵ月後
眩暈:消失、項背痛:消失

現在
漢方治療を継続中。


糸練功の指標(合数)
合数の数値は、-1.0~10.0 の範囲で表わされ、
病態の要因である“異常ポイント”を意味します。
※症状が重いほど合数は低く改善と共に上昇します


考察

本症例において、頚部症状と眩暈の出現頻度は相関性が認められた。
頚部症状が改善するにつれ、眩暈の出現頻度も減少したのである。

そして、漢方治療の開始から 4ヶ月後 には、頚部の痛み・コリ及び眩暈は消失している。
が、再発しない段階まで服用の継続が必要である。

また、当初に確認された半夏白朮天麻湯証(D証)、当帰芍薬散証(E証)の合数も改善中である。

本来、半夏白朮天麻湯証が認められた場合は、その適合処方である半夏白朮天麻湯によってのみ治療は可能となる。
当帰芍薬散証(E証)に関しても同様である。

なぜ、その2処方を適用せずに、(D証)と(E証)は改善しているのか?

その理由として、著者は「(D証)及び(E証)は、頚椎症に伴った二次的な病態(治療ポイント)である」と推測する。
現に、糸練功によるシミュレーションでは、頚椎治療のための葛根湯合R青皮製剤加附子、桂枝越婢各半湯加蒼朮の適用が(D証)と(E証)を正常化させていた。
その事象は、その推測を裏付けよう。

故に本症例の眩暈の根幹は、頚椎症による椎骨動脈の循環障害と考察するものである。
難治性眩暈の多くは、複雑である。

論文「バレー・リュー症候群」を記された木下文華先生。
糸練功を構築された木下順一朗先生に厚く感謝いたします。


治療に要した漢方薬と費用

漢方薬漢方薬の種類料金(30日分)
葛根湯合R青皮製剤加附子散剤+錠剤18,800円
(税別)
桂枝越婢各半湯加蒼朮散剤12,000円
(税別)
半夏厚朴湯散剤9,000円
(税別)

※ 適合する漢方処方は、個々の患者様により異なります