頚性めまい・骨粗鬆症(頭痛・嘔吐を伴う)

頚椎症は、頚椎(椎間板)に骨棘(こつきょく)が形成された頚椎異常の状態である。

上肢の痛みやシビレ、知覚麻痺が一般的症状であるが、頚椎異常が眩暈(めまい)の誘因になりうることは、あまり知られていない。(頚性眩暈:けいせいめまい)

頚椎異常は、頚椎症に限らず、頚椎椎間板ヘルニア、頸部(頚椎)脊柱管狭窄症・・・その他諸々が誘因となりうる。

通常、眩暈を発症すると、耳鼻科を受診するが、頚椎異常の関与は見落とされる傾向がある。

また、眩暈だけでなく、咽喉の異物感(咽喉頭異常感症)を訴える方にも頚椎異常が認められることも少なくない。

ここでは、「頚椎症」を伴った眩暈の改善例を報告する。

平成20年、「眩暈」を主訴とする女性(70歳代)が訪れた。
その発症は 50歳代中頃、嘔吐と頭痛を伴う激しい眩暈に見舞われた。
動悸、眼の奥の痛みも随伴しており、眩暈が発症すると、1週間は床に臥すと申された。

眩暈は気圧の変動に大きく影響され、台風の前日などは常に悪化するという。

ご婦人は、勤勉に何年も耳鼻科へ通われた。
が、挙句の果てに、「この眩暈はもう治らない」と医師より宣告され、それはひどく落胆されていた。

しかしながら、漢方相談の当初、「この方の眩暈治療は難しくない」というのが著者の直感であった。
症状や体型から、典型的な「呉茱萸湯(ごしゅゆとう)の適応」を感じたからである。

問診後、糸練功(しれんこう)の技法にて、眩暈の反応穴を解析。
すると、低い合数に呉茱萸湯証(A証)と、桂枝人参湯(けいしにんじんとう)証(B証)が確認された。

漢方治療より二ヵ月後、眩暈は軽微となり、すでに頭痛や嘔吐、眼痛は消失していた。
経過はすこぶる順調で、このまま治癒してしまうだろうと、安堵した。

しかし、御婦人が風邪にかかると、眩暈は悪化した。
その風邪は、「葛根湯加石膏(かっこんとうかせっこう)」の適応であった。

風邪が治ると眩暈は消失した。
が、その後の御婦人には不可解な症状が現われたのである。

当初の呉茱萸湯証、桂枝人参湯証は確実に改善している。
にも関わらず、咽喉の異物感とともに半夏厚朴湯証(C証)の眩暈が現われ・・・。

血圧も不安定となり、釣藤散に適応する眩暈(D証)が現われた。

その都度処方を増やし、対応は可能だったが・・・。
著者の経験上、慢性的な眩暈でも通常は2処方、多い方でも3処方の適用で治療はスムーズに運ぶものである。
しかし、ご婦人の必要処方は多すぎる・・・多すぎるのである。

次々に出現する新たな適応症に翻弄されながら、解析を繰り返す・・・。
適合処方によって眩暈は治まるが、著者の心境は複雑だった。

そんなある日、木下文華先生(福岡県・太陽堂漢薬局)の論文「バレー・リュー症候群」が報告された。
(伝統漢方研究会会員論文集 Vol.6 「2012」)

「頚椎の漢方治療が、自律神経症状の改善に連動した多くの症例報告」とともに、三半規管異常においても頚椎治療が有用な手段になりうる旨が記されていた。

それは、「頚椎異常が原因となる眩暈の存在」の裏づけでもある。

改めて御婦人へ「頚椎異常の有無」を問うと、外科で「頚椎症と診断された」記憶があると言う。
慢性的な頚部の痛みとコリ(首こり)を感じているとも申された。

早速、御婦人の頚椎を糸練功にて確認すると・・・。
第五頚椎に明らかな異常が認められた。
その適合処方は、「防已黄耆湯合R青皮製剤」(K証)と解析された。

「防已黄耆湯合R青皮製剤」・・・
それは、骨粗鬆症による骨損傷に適用される処方でもある。
眩暈の発症は、閉経より数年後・・・女性の骨粗鬆症が加速する時期である。

適合処方から推測できることは、御婦人の眩暈には「骨粗鬆症による頚椎損傷が深く関わっている」ことである。
即ち、頚性眩暈の可能性が大である。

その仮説が正しければ、「防已黄耆湯合R青皮製剤」の標本を御婦人の右手掌に接触させると、眩暈の反応も一時的に消失するであろう。
(糸練功の技術的な要項は、「糸練功に関する学会報告」を参照されたい)

事実、上記の検証において、半夏厚朴湯証と釣藤散証、苓桂朮甘湯証(E証)の反応は「防已黄耆湯合R青皮製剤」の適用時に消失した。
故に、御婦人の眩暈には、頚椎異常が引き起こしている二次的な適応症が混在しているとの認識に至った。

早速、頚椎治療の為の「防已黄耆湯合R青皮製剤」の服用を開始。

1ヵ月後
眩暈:消失、 頚部の痛み:軽度(改善中)
→ 血圧も安定し、咽喉の異物感も消失

3ヵ月後
眩暈:消失、 頚部の痛み:消失

現在
漢方治療を継続中。


糸練功の指標(合数)
合数の数値は、-1.0~10.0 の範囲で表わされ、
病態の要因である“異常ポイント”を意味します。
※症状が重いほど合数は低く改善と共に上昇します


考察

本症例において、頚部症状と、眩暈の出現頻度には明らかな相関性が認められた。
頚部の痛み・コリの改善とともに、眩暈も消失していったのである。

さて、なぜ御婦人は風邪をひくと、治まっていた眩暈が一時的に悪化したのか?

御婦人の風邪は、常に咽頭痛・寒気の初期症状から始まった。
糸練功による解析では、「葛根湯加石膏証」である。

「葛根湯加石膏証の病態」とは、項背部の強直(こわばり)を伴うものである。
元々、頚椎異常を持つ御婦人の頚部には、頚椎損傷による筋緊張がある。

葛根湯加石膏証の感冒に罹れば、更に頚部の筋緊張は増強する。
結果的に、頚性眩暈が顕著にあらわれる・・・。
そのようなメカニズムが想像される。

現在、御婦人は長年苦しまれた眩暈から開放されている。

その好結果を齎せてくれたのは、糸練功の応用と、論文「バレー・リュー症候群」の報告のお陰である。

糸練功を構築された木下順一朗先生、論文の著者・木下文華先生に、衷心より感謝申し上げます。


治療に要した漢方薬と費用

漢方薬漢方薬の種類料金(30日分)
呉茱萸湯散剤11,000円
(税別)
桂枝人参湯散剤12,000円
(税別)
防已黄耆湯合R青皮製剤散剤15,800円
(税別)

※ 適合する漢方処方は、個々の患者様により異なります