頸椎症と振戦(項背痛を伴う下肢のふるえ)

本報告は、平成22年の初夏より震え(振戦)を発症された女性(20歳代前半)の改善症例である。

振戦は不随意(自分の意思とは無関係)に起こり、日に何度も眼瞼、上肢、下肢がピクピク動く。
とりわけ、右下肢(ふくらはぎ)の震えが顕著に現われていた。

相談当初、愁訴部(眼瞼・上肢・下肢)と、癲癇の反応穴を、糸練功(しれんこう)を用いて解析すると・・・。
(糸練功の技術的な要項は、「糸練功に関する学会報告」を参照されたい)

愁訴部・反応穴の両部から同種の「甘麦大棗湯(かんばくたいそうとう)証」(A証)及び、「牡蠣肉(かきにく)製剤証」(B証)を確認した。

それらの処方を服用し、経過は極めて良好であった。
やがて、振戦も完全に消失し、廃薬も間近となった頃。
彼女が追突事故に巻き込まれたことを、御親族から聞かされる。
大きな事故と伺ったが、命に別状なかったのが不幸中の幸いである。

しかし、退院後、彼女の下肢(右ふくらはぎ)は震えていた。
完治目前だった振戦の再発である。

著者は「狐につままれたような心境」だった。
入院による漢方治療の中断は、1ヶ月にも満たない。
あれほどの改善が、それほどの休薬期間で悪化することは考えられないのである。
しかし現実に、振戦の大元である「甘麦大棗湯証」は著しく悪化していた。

表面上、事故による外傷は綺麗に治っている。
が、後遺症による身体痛は残存し、頸部の痛みと、コリ(首こり)による睡眠障害がみられた。
また、天候の悪化に伴い、右後頭部~右肩甲骨間の痛みは、激化した。

彼女には頸椎症の既往がある。
頸椎異常が存在する彼女の頸部へ、更に追突事故による「むち打ち症の負荷」がかかっているのである。
症状は、さぞ、お辛いことと察した。

振戦の再発は、「事故後、間もなくから・・・」と伺っている。

その当時、「様々な神経症状が頸椎への漢方治療によって好転した」という症例が報告された。
木下文華先生(福岡県・太陽堂漢薬局)の記した論文「バレー・リュー症候群」である。

患者さんの振戦の本体は、「甘麦大棗湯証」である。
甘麦大棗湯の適応は、神経症状を伴っている。
頸椎症・・・むち打ち症・・・振戦・・・。

振戦の再発と、ムチ打ち症による頸椎損傷の因果関係を、著者は疑った。
彼女の頸椎を糸練功にて解析すると・・・。

第五頸椎に明らかな異常が認められ、その適合処方は、

●「葛根湯合R青皮製剤」・・・(K1証)
●「芍薬甘草湯」・・・(K2証)。

の 2種であった。

「葛根湯合R青皮製剤」の適合は、元々存在している頸椎症に、むち打ち症(急性症状)が増幅させた病態(治療ポイント)と推測される。

「芍薬甘草湯」の適合は、頸椎異常より派生する筋肉の緊張によるものであろう。

早速、頚椎治療の為の「葛根湯合R青皮製剤」、「芍薬甘草湯」による治療を開始。
(芍薬甘草湯の代用として、頸部へのN・スクアレン製剤【外用】とした)

1ヵ月後
下肢の震え(振戦):減少(日に数回起きるがすぐに治まる)
頸部の痛み:消失
睡眠障害:消失
(頸部痛の減少とともに、入眠が容易になり、振戦も減少)

3ヵ月後
下肢の震え(振戦):ほぼ消失
頸部の痛み:消失
睡眠障害:消失

現在
漢方治療を継続中。


糸練功の指標(合数)
合数の数値は、-1.0~10.0 の範囲で表わされ、
病態の要因である“異常ポイント”を意味します。
※症状が重いほど合数は低く改善と共に上昇します


考察

本症例において、頸部症状と振戦の出現頻度には、明らかな相関性が認められた。
項背痛の改善とともに、振戦も消失に向かったのである。

ここで注視すべきは、良好な改善傾向にあった「甘麦大棗湯証」が追突事故をきっかけに、急速に悪化したことである。
適合処方の服用下の改善過程において、このような事象はありえない。

その理由を著者は、以下のように考察する。
本症例における振戦は、「甘麦大棗湯」及び、「牡蠣肉製剤」により可能ではあるが、それらは頸椎異常による二次的な適応症であろう。

何故なら、事故後に悪化した「甘麦大棗湯証」は、第五頸椎への適合処方「葛根湯合R青皮製剤」と、N・スクアレン製剤【外用】の平行治療により、顕著な改善を示したからである。

実際、難治性と思われた本症例以外の神経系疾患の方にも、頚椎異常を認めることは多々ある。
その場合、頸椎の正常化を平行することで、著効例が多くみられる。

これらの結果は、様々な神経性病態には、頸椎異常が背景に存在するケースが多いことを示唆している。
故に、病態の漢方的な解析を行う際には、愁訴部や反応穴のみならず、頸椎異常の確認も、今後は極めて重要なプロセスとなろう。

本症例の改善に大なるヒントとなった論文「バレー・リュー症候群」の著者、木下文華先生、糸練功を構築された木下順一朗先生へ厚く感謝いたします。


治療に要した漢方薬と費用

漢方薬漢方薬の種類料金(30日分)
葛根湯合R青皮製剤散剤15,800円
(税別)
N・スクアレン製剤
(外用)
カプセル剤3,600円
(税別)
甘麦大棗湯散剤9,000円
(税別)
牡蠣肉製剤錠剤13,500円
(税別)

※ 適合する漢方処方は、個々の患者様により異なります