胆砂と慢性胆のう炎(腹痛・背部痛)

胆石症といえば、激しい痛みを伴う胆石発作を思い浮かべる。
が、その発生頻度は、胆石を有する方の3割程度である。

また、成人の1割が胆石持ちという統計がある。
だが、胆石に限らず胆砂・胆泥を含めると、その数字は余りにも少ない。

例えば、加齢によって「油っこい食事をすると、胃がもたれる、ゲップがする」という方が多くなる。
それらには「生姜瀉心湯(しょうきょうしゃしんとう)」など、瀉心湯(しゃしんとう)系の漢方処方が良く効く。

胆石の元である胆汁は、胆嚢で濃縮され油物を食べると、十二指腸へ流れ込み、油を消化する役割がある。

もし、胆汁の出が悪くなれば、当然脂質(油)の消化能力は衰える。
症状としては、鳩尾(みぞおち)が重く感じたり、ゲップが出たり・・・。
俗に言う「胃もたれ」が起きる。

黄連(オウレン)、黄芩(オウゴン)を主剤とした、「瀉心湯系」の漢方処方が効くのは、そんな時なのである。
瀉心湯が有効である背景には、いわゆる「油の消化不良」が存在している。

胆汁分泌の阻害といわれて、まず連想するのは胆石(胆砂・胆泥)だろう。

故に、「俺には半夏瀉心湯が良く効くんだよね」と、常備している方は、すでに小さな胆砂(たんさ)や胆泥(たんでい)が潜んでいる「胆石症予備軍」かも知れない。

そこで今回は、長年 胆石症にお悩みだった方の改善例を紹介しよう。

30歳代前半の御婦人は、10年近く胃腸症状に苦しまれていた。
最初は軽かった右の上腹部の痛みが強くなり、背部痛も頻発。
食後にゲップが止まらなくなり、ガスの停滞による腹部膨満感も甚だしい。
便通は安定せず、便秘と下痢を交互に繰り返す。

「本当に困っている」という表情をされていた。

病院では「胆石症」と診断され、「慢性胆のう炎」との病名も聞かされていた。
ウルソ錠(胆汁酸製剤)や、漢方製剤「四逆散(しぎゃくさん)」を処方してくれたそうだ。
しかし、「四逆散を飲むと、胃がムカムカする」らしく、飲めないらしい・・・。

症状を聞いて、著者がイメージした適応は、
1)胆汁分泌が滞った結果としての「油の消化不良」・・・
ゲップが多いことから、生姜瀉心湯の適応があるだろう。

2)右上腹部痛は、胆のう炎による激しい痛み・・・
たぶん、柴胡桂枝湯加減方(さいこけいしとうかげんほう)の適応があるだろう。

3)胆のうにビッシリ詰まった胆石(正確には胆砂)・・・
間違いなく、金銭草系(きんせんそうけい)の適応があるに違いない。

そのような適応が、実際に患者さんに現われているか否か・・・

その確認のため、当薬局は糸練功(しれんこう)という技術を活用している。
(糸練功の詳細は、著者の論文「糸練功に関する学会報告」を参照されたい)

この場合、患者さんの愁訴部(右上腹部)と、胆のう・胃・大腸の反応穴(背部)を確認し、適合処方を解析する。

解析結果は、以下のとおりである。

○愁訴部と各部の反応より
●金銭草+茯苓(きんせんそう+ぶくりょう)証(A証)
●柴胡桂枝湯加減方(さいこけいしとうかげんほう)証(B証)
●生姜瀉心湯(しょうきょうしゃしんとう)証(C証)
●芍薬甘草湯(しゃくやくかんぞうとう)証(D証)

以上の4証が、治療を要する低い合数で確認された。
「○○証」との表現は、○○という漢方藥で治療が成立する意味がある。

通常なら、上記4処方を服用していただくが、芍薬甘草湯(D証)は省略可能と判断した。
D証の発生機序は、おそらく胆砂で満たされた胆のう、その周囲の平滑筋の緊張によるものだろう。
A証の金銭草+茯苓 によって胆砂が減ずれば、結果的に筋緊張も解消する。

早速、D証を除く3処方 にて治療を開始する。

【0ヶ月後】
右上腹部痛:強い背部痛:強い
ゲップ:強い、下痢と軟便:強い

【1ヵ月後】
右上腹部痛:軽度背部痛:軽度
ゲップ:ほぼ消失、下痢と軟便:ほぼ消失

【3ヵ月後】
右上腹部痛:ほぼ消失背部痛:ほぼ消失
ゲップ:消失、下痢と軟便:消失

【4ヵ月後】
右上腹部痛:消失背部痛:消失
ゲップ:消失、下痢と軟便:消失

【13ヵ月後】
エコー検査(病院)にて、胆砂の消失が確認される。

現在
漢方治療を継続中。


糸練功の指標(合数)
合数の数値は、-1.0~10.0 の範囲で表わされ、
病態の要因である“異常ポイント”を意味します。
※症状が重いほど合数は低く改善と共に上昇します


実践漢方のコメント

胆石(胆砂)症と、慢性胆のう炎への漢方治療例です。

実際には、胆石ほどの大きさではなく、「胆砂」と指摘されています。
しかも、胆のう炎を併発されていました・・・相当な痛みと察します。

さて、胆石と胆砂・・・。
大きさから判断すると、「胆石の方が治療期間は長い」と思われがちです。
しかし、胆砂の方が長期治療になる傾向があります。

加えて、胆石症は再発しやすいです。
病院で検査を受けて、「胆石はなくなった」といわれても、食養生は継続する必要があります。
そして、いつも胆道内を綺麗に保つために、金銭草系の漢方だけは、お茶代わりに飲み続けることです。

ここで、当薬局によく寄せられる事柄について解説します。
胆石症と診断されて、漢方製剤が処方されることが多くなりました。
本症例でも、「四逆散(しぎゃくさん)エキス」が処方されていました。

しかしながら、「四逆散を飲むと、ムカムカする」といって服用を断念しています。

なぜ、このようなことが起きるのか?
それは、「患者さんの身体は四逆散を欲していなかった」からです。

あるメーカーの医療用「四逆散エキス」の添付文書には、効能・効果の文中を見ると、胆嚢炎、胆石症、胃炎、胃酸過多・・・。
確かに、「胆嚢炎・胆石症」という記載があります。

しかし、間違えないでください。

この意味は、「四逆散は胆嚢炎や胆石症に適応することがある」ということです。
「すべての胆嚢炎や胆石症に効く意味ではない」のです。

元来、漢方薬は病名に応じて選ぶものではありません。
患者さん一人ひとりの個性(体質・病態)に応じて処方は決めるのです。
適合しない漢方薬は、何の効きめもありません。
そうです、漢方治療の命は、「患者さんと薬の適合性を見抜くこと」なのです。

一人ひとりの患者さんに、的確な漢方処方を選ぶ。
そのために、当薬局は糸練功という技術を活用しています。

糸練功を考案された 木下順一朗先生(福岡県・太陽堂漢薬局) に深く感謝いたします。


治療に要した漢方薬と費用

漢方薬漢方薬の種類料金(30日分)
金銭草+茯苓
(50日分)
煎じ薬5,500円
(税別)
柴胡桂枝湯加減方散薬12,000円
(税別)
生姜瀉心湯散薬12,000円
(税別)

※ 適合する漢方処方は、個々の患者様により異なります